Staff interview

仕事は、いわゆるコンサルティング色が強く、単なる“物売り”ではありません。

私は省エネコンサルタントとして、パートナー企業様に同行し、弊社独自の省エネソリューションをお客様のニーズに合わせた形で提案しています。新しいお客様の開拓が仕事ではありますが、いわゆるコンサルティング色が強く、単なる“物売り”ではありません。
そのため、お客様の要望をヒアリングし、自分たちの提案やメリットをいかに、分かりやすく伝えることができるかどうかが大事になります。私にとって、GNEは3社目の会社になるのですが、この業界については未経験でしたし、省エネに詳しかったわけでもありません。ただ、これまで経験してきた仕事も、お客様の不安や課題を解決するための提案が仕事でしたので、基本的には考え方は同じでした。
私の最初のキャリアは、生命保険会社での保険営業になるのですが、そこでは、ご自身に、もしものことがあった場合の不安払しょくの提案が仕事でしたし、その後は、商業施設の集客という課題を解決するための、お子様向けイベントを提案営業する仕事でした。商業施設にヒーローを呼んだり、空気を入れた巨大なバルーン状の遊具を提案したりして、ファミリー層の集客プランを提案していました。

国策を担うスケールの大きさと上司の一声で入社を決めました。

GNEの面接で言われたことはとても印象に残っています。現在の上司に当時の面接で、「国や自治体と並行して、国策を共に担わないか?」という話をされたことです。この仕事は、国が世界に約束した環境問題を担う仕事です。CO2の削減や省エネルギーに関する国策を、全国の企業に浸透させるべく、省エネノウハウを伝えながら設備の入れ替えを提案する仕事です。もちろん、これは国策なので設備の入れ替えに、国や自治体から補助金が出るわけです。そんなスケールの大きな仕事を一緒にしようという一声で、入社を決めました。

良くも悪くも、入社してからの独り立ちが早く、とにかく現場で覚えることが最初のスタートでした。

入社してからは、面接で言われた国策を担うという言葉通り、全国のあちこちを飛び回り、国全体の電気設備を省エネ仕様に変えていくという仕事を行ってきました。ここでは、良くも悪くも、独り立ちが早く、大きな仕事を任せてもらえます。とにかく動いて、現場でどんどん知識やノウハウを吸収してくことが求められました。当然分からないことをお客様に聞かれることも多く、自分で答えを出せないことにいら立ちもあります。それでも、とにかく動きを止めないようにして、分からないことは持ち帰り、先輩社員に質問したり調べたりしました。大事なことは単に記憶するのではなく、自分なりに解釈し覚えることです。そんなことを繰り返していくうちに、気づけば以前よりもずっと楽に仕事を消化していくことができるようになっていました。折れそうになった場面は何度かありましたが、悔しい気持ちが自然と力になったのかと思います。

全国あちこちを飛び回り、入社3か月で、自分が0から取り組んだ案件を受注。

例えば入社半年にして月曜日は岩手県、火曜日は茨城のひたちなかで現場調査、そしてその足でそのまま宮城に移動して商談し受注を決め、翌日は神奈川で商談、さらに木曜日は千葉に移動し、パートナー企業様の社員向けに勉強会を行う、そんな風に1週間で全国を駆け巡ることもあります。
勉強会では、全国展開しているパートナー会社の営業部隊に、補助金活用をしながら設備導入をする際の提案内容やセールストークを講師として教えています。
私は中途入社なので、担当する案件はすでにどなたかの手によって、すでに進められている場合が多く、いわゆる引継ぎ案件が多かったのですが、入社して3か月ぐらいたったころ、宮城県の鉄工所の新規の案件を担当しました。
お客様の要望は、設備の老朽化に伴った設備投資で緊急にということでした。当然ながらお客様の要望はイニシャルコストを下げたいということでしたので補助金を活用しながら、照明設備の全面LED化を行ったのです。この時、やっと自分が0から取り組んだ案件が受注に繋がり、達成感や嬉しい気持ちでいっぱいでした。

資料作成はサポートチームに依頼、どんな時でも期日までに仕上げる抜群のチームワーク。

この宮城県の案件のように、私は、出張で全国あちこちに行くことが多いのですが、その時々でお客様先で使う提案資料などは、本社のスタッフにお願いします。どんな時でも、セールスサポートチームからの資料は、指定の期日までに上がってきます。こんな時いつもGNEのチームワークの強さを感じます。

仙台支社の立ち上げ担当に大抜擢。さらに全国をつなげた強いチームワークをつくりたい。私は全国を飛び回っている中でも特に東北での省エネ化で実績を残すことができました。そして、いよいよ本格的に東北にも拠点を出していこうという会社の方針で、仙台支社の立ち上げに抜擢されたのです。入社してまだ1年もたっていません。
私が、この会社で一番学んだことは、自分で限界を決めないこと、各チームとうまく連携をとれば本当にいろんなことができるということです。
これから支社を立ち上げ、リーダーとしての資質が問われると思うのですが、志を共にした競争力のあるチームづくり、結束してノウハウや考え方が常に共有された強いチームをつくっていきたいと思っています。

仙台支社の立ち上げ担当に大抜擢。さらに全国をつなげた強いチームワークをつくりたい。

今、私は、全国を飛び回って特に東北での省エネ化で実績を残すことができいよいよ本格的に東北にも拠点を出していこうという会社の方針で、仙台支社の立ち上げに抜擢されました。入社してまだ1年もたっていません。
私が、この会社で一番学んだことは、自分で限界を決めないこと、各チームとうまく連携をとれば本当にいろんなことができるということです。
これから支社を立ち上げ、リーダーとしての資質が問われると思うのですが、志を共にした競争力のあるチームづくり、結束してノウハウや考え方が常に共有された強いチームをつくっていきたいと思っています。

「体力ない」宣言した自分を二つ返事で受け入れてくれた。

私は補助事業コンサルティングと、営業管理業務の二つの部門でリーダーを担っています。その中で、私の役割は全体の仕事の流れの把握、改善、見える化、ホームページの記事更新、新規問い合わせ業者やお客様の対応ですね。
補助事業というのは、LED照明や空調工事改修などの大型案件や変わった補助金を活用する場合のトータルコーディネイトをするサービスです。そこでは補助金活用のために設備改修の提案書作成や、営業マンの代理で商談対応、現場調査対応を行っています。
最初の面接のときに印象的だったのは「自分は体力が無いのですが、大丈夫でしょうか?」と聞いたときに、二つ返事で、大丈夫です!と答えてくれたことです。その時、新卒での就職活動で、いろんな会社の面接を受けていたのですが、同じことを、同じように面接官に伝えると、みんなずっこけていましたので…。
ところが、GNEだけは二つ返事でOKでした。

GNEとの出会いは学生時代のアルバイト先でのご縁でした。

そんな私のGNEとの出会いについてですが、もともと私の学生時代のアルバイト先が当時、GNEのオフィスを間借りしていたのです。そこで、なんとなく自分の働きを見てくれていて、声をかけられては、事務作業や雑用を頼まれていました(笑)。当時はまだGNEと私のアルバイト先が、そのオフィスフロアを使っていたのですが、メンバーも数人でしたので他社とはいえ、和気あいあいとした雰囲気だったのです。改めて考えるとすごいことだと思うのですが、社員の給与計算や総務のほか、今の仕事に結びつく省エネ計算書なども任されていたのです。そんなバックグラウンドがあったこともあって、「体力がない」といった自分でも二つ返事で受けてくれたのだと思います。

GNEの良さは働く人に合わせて柔軟に仕組みが変わっていく働きやすさにあります。

GNEの良さは、働き方が通り一辺倒ではなく、働きたい人に合わせて、柔軟に仕組みが変わっていくことです。それは私たちが新しいこと、時代の先端を捉えるということを大事にしているからかもしれません。先日、面接で「子供がいるので、残業を一切できない」という声が上がり、「じゃあ、〇〇さんや△△さんも早く帰ってもらって…」というような意見が飛び交いました。私の体力がない、という話を受け入れてくれたこともそうですが、一人一人に合わせて働き方を調整してくれます。個別対応が大好きな会社というイメージがありますね。

知識0の状態から電気設備や国策についてなど、どんどん知識が広がります。

入社してまず学んだことは、やっぱり補助金についてです。また、それらをとりまく電機設備についてまったく知識がなかったので、職人にいろいろ聞いたり、電気屋に行ったりどこかに出かけては、どんな照明があるのかその建物の天井をみて、ありとあらゆる照明を調べました。いろいろ調べてみると本当に面白いんですよ。日本の蛍光灯にはグロー、ラピット、インバーターの3種類があります。それに対し、海外ではグロー式のままのことが多く、ラピット、インバーターは進化系です。日本では海外に比べると多様な種類が取り付けられているので、これらをLED化していくのに伴う工事も多様になりますね。
また補助金もいろいろ知ると面白いんですよ。同じ国なのに、環境省と経済産業省で、似たような省エネ補助金制度をやってこともあります。それぞれ、省によって目的が違うので、似たような制度であってもその補助金によって達成するべき目標が違っているんです。例えば、経産省は化石燃料の削減を目標としています。つまり、補助金の申請の際は、効果申請が原油換算でどれくらい削減されたかになるんです。ところが環境省は、温室効果ガス(CO2)の削減を目標にしているので、効果申請がCO2でどれくらい削減したかを申請します。両者ともやることは、省エネ仕様の設備に切り替えることなので、申請も同じ指標にしてくれればいいのに…なんて思うこともありますが、国や自治体の補助金というのは、国が何に対して予算を多くとるかということを表わしているので、現在の国の政策がどこに向かっているのかを知れることがとても面白いと思います。

こんなにしゃべれるようになったのはこの会社に入ってからです。

GNEに入ってからは、仕事への知識が深まるなど自分自身の成長を感じます。他に変わったことといえば、しゃべれるようになったことですかね。これは、単に話し方がうまくなったということではなく、話しの内容に裏付けが盛り込まれたりして、知識を伴った話し方ができるようになったということですね。おそらくGNEで、調べて学んで、肚落ち(はらおち)させるということが癖づいたおかげで、常に自分の中に知識が蓄積されてきているということが原因だと思っています。
今後、身に着けたいことは体力ですね。体力がつけば完璧ですね(笑)。

教育は一瞬にして永遠である。

今という一瞬を大切に仕事をして欲しい。
「教育は一瞬にして永遠である」という言葉をふと思い出します。
よりよい未来を目指したいなら、「今」という一瞬を大切にしたいと思います。人の未来って、今の上になりたつので、周りの人にも今という一瞬を大切にしてほしいですね。仕事での判断は一瞬で、今、目の前のことをします。そうやって5分とか一瞬、これを積み上げていくと、だんだんみんなが楽になったり、生産性があがったりします。5分の手間を惜しまない、と私は目の前にポストイットで貼っていますが、そういう仕事の仕方を大事にしてほしいなと思います。

この会社は体力がないと発言するような僕でも活躍できる環境です。それはこの仕事の重要な部分が最新情報を集めることだからです。10年前の知識というのは役に立ちませんが、周囲とコミュニケーションを取り、今現在の情報を集めることができれば経歴や実績など関係なく活躍できる職場だと思います。

入社のきっかけは、社長の遊び仲間?

私の仕事は、省エネ電気設備の導入について、現地調査の結果からLED導入に切り替えた場合の見積り作成や、それらの受発注の管理です。また、それらの案件を国の補助金を使って導入できるようにするために、お客様向けに補助金勉強会を行ったり、それらの専門知識を活かして、営業部のサポートをしたり大規模な導入案件の対応をしたりと、様々な業務を行っています。今後はこれらの業務をもっと効率的にできないかと組織づくりをすることも私の仕事ですね。
GNEの仕事に関わるようになったのは、18年前たしか社会人1年〜2年目のときに、電気工事の技術者として業務委託されたときです。仕事として5〜6年は続けていたのですが、その当時の私の先輩が不動産会社を立ち上げるということで、その立ち上げに参画をしたことをきっかけにいったん、GNEとの仕事とししての関わりは終わりました。
ところが、不動産の仕事を始めてもGNEの小野社長とは、その後もちょくちょくお酒の席で会う機会がありました。使うお店が同じだったんですね。会うたびに「お?飲めよー」というノリで、タダ酒をもらうことが多かったです。小野社長の誕生日会にもよく呼んでもらって、フランクにずっと遊び仲間というお付き合いをさせてもらっていました。
ある時は、宮古島行きの飛行機の中で、ばったり会ったこともありました。遊び方とか遊ぶ場所が似てるんですかね。遊び方が上手な小野社長の周りは、僕に限らずいつも人がワイワイ寄ってきてみなさん慕っていました。僕にとっては兄貴みたいな存在です。

誕生会でいきなり事業部の立ち上げオファー!?チャンスの多い会社です。

ある時、誕生会にお邪魔したときのことです。小野社長から「おまえ、まだ不動産やってるのか?」と聞かれました。そして突然、「今、公衆wi-fiの設置のニーズが多いんだけど、その事業にGNEが参入するから、営業組織部隊をつくらないか?」って言われたんです。
その当時の不動産業界というのはリーマンショック直後で、六本木の界隈から外国の方がいなくなり、その方たちに向けの不動産をメインで販売していたので業績が良くなかったのです。そういうタイミングだったので、また一緒に仕事をすることになりました。ただ、当時このwi-fiの設置事業はちょっとタイミングが早かったのか、設置したいというお店が少なかったり、設置可能エリアの縛りが多かったりで、実はうまくいきませんでした。そういう上手くいかないこともありましたが、GNEに入ってからは、いろんな事業の立ち上げを担当し、とても刺激的な経験がいっぱいできました。今のメイン事業である環境事業も、LEDという企業の省エネ対策を兼ねた設備工事に対して、お客様から「こういうのって、補助金とか出ないんですかね?」という話を頂き、省エネ補助金を使った電機設備導入事業の補助金申請コンサルティング事業の立ち上げも担当しましたし、九州の支店の立ち上げも担当しました。結局、この10年弱で3つもの事業の立ち上げを経験させてもらいました。
しかも、飲み友達からのきっかけから、チャンスをもらえたわけですから、とても、チャンスが多い会社だと思います。

九州支社を立ち上げるからには、芋焼酎で、地元になじむことが大切でした。

九州支店の立ち上げ時の話をしましょう。当時、私は33歳でした。すでに2つの事業の立ち上げを経験し、補助金コンサル事業が軌道に乗り始めたころです。補助金を活用した設備導入の案件が、九州には眠っていました。そこで、補助金知識とLED知識があって、しかも独身だった私がこの土地にぴったり張り付いて立ち上げを担当することに。
本当に何もないところからの立ち上げだったのでいろいろなことがありました。当初は、電気設備メーカーさんのオフィスに机を一個置かせてもらってスタートする予定だったんですが、土壇場になって断られて、結局マンスリーマンションを半年借りてスタート。もはや住居兼事務所です。
立ち上げ当初から現地採用を始めたのですが、住居を兼ねた自分の家みたいなところで面接して、入社後も実際にその部屋の鍵を渡して来てもらっていました。こういう寝泊まりをしながら支社を立ち上げるというのは、人生初でしたね。
あとは、お客様先での振る舞いも東京都とは全く違っていました。地方の方には、身内じゃなければ仕事を発注しないという企業もあったので、飲みニケーションも多かったです。例えばその食事がピザとかチーズとかパスタのようなイタリアンでも飲み物は、「芋焼酎でいいよね?」って聞いてくるんですよ。中華だろうが、何を食べても芋焼酎でした。最初はえ?と思いましたが、もちろんNOとは言えません。とにかく、現地になじむことを考えましたね。

周囲にアンテナを張り、「それ、やってみようよ」というノリで事業がどんどん立ち上がる。

小野社長は、いろんな情報を仕入れてきます。私たちも最新情報には耳を傾けています。時代の先端を捉える風土ですし、新しいことが大好きな会社ですから、遊びも大事だと考えていますね。情報感度が高く、アンテナを常に張っている人は、今やっているような目の前の業務で発見や気づきがあると、すぐに取り組みが始まります。任せる仕事の規模もその大小にかかわらず事業づくりのフットワークが軽いですね。
今後、入社してくる方にとっては刺激的な環境であると思います。新しい事業、個性豊かな仲間、何事にもチャレンジできるこの環境で、一緒に会社を盛り上げていきたいです。